ルネサンス・バロック時代の人々がチエンバロの外観に寄せた期待は、当時の家具や調度と同じように、並々ならぬものがあつたと思れれます。装飾的な遊ぴの精神は、時代の自然な要求であッたのかも知れません。
耳と同時に目を楽しませるのが、楽器の役割であつたとさえ思われます。ルッカース及びクーシェの、初期フレミッシュ・チエンバロは、極めて規格化されて、製作が続げられた点に、一つの特徴があります。それは、弦長、形状、寸法などにとどまらず、装節にもおよんでおり、同一のパターンによつて多くの楽器が製作され続けました。
その特徴は、細部にわたるまで様々に指摘されていますが、特に次のような点を上げておきましよう。
・大理石を模した外装
・木版印刷紙を用いた内装
・ふたの内側に書かれたラテン語の格言
・響板上のフランドル風な花の絵と線文様
・製作者のイニシアルを鋳込んた鉛合金のローズ
・装節的な脚
中でも、木版印刷紙を張り込む点はユニークで、「タツノオトシゴ」の連続文様や、アラベスクなど、いくつかのパターンの印刷紙を使い分けて装飾しています。ごれは当時の壁紙や書籍装飾の技術を活用したものでしょう。又、響板上の花の絵は、イタリアン・チエンバロには皆無ですが、フレミッシュの場合花を愛した民族性のためか、ほとんど例外無く描かれています。
外装に用いられる大理石模様の塗装は、今日、やや奇異に感しられますが、当時の家具や室内装飾にも、その例を見る事が出来ます。この様なフレミッシュ・チエンバロの装節は、全体として、おおらかで、ラフな味わいを持つと同時に、言わば、暗い輝きとでも言えるものを備えており、後の18世紀フレンチ・チェンバロの繊細、華麗な装飾とは一線を画しています。それは、音の特色とも対応するものなのかも知れません。
(柴田雄康)
チェンバロの響板装飾
チェンバロの響板が花で飾られるようになったのはフランドルの楽器からです。それ以前から作られていたイタリアのチエンパロは、花模様が描かれる習慣はありませんでした。
同じ時期にフランドルでは独自の絵画様式「花のある静物画」が流行し、一時代を築きました。それまで独立した花の絵は植物図鑑のさし絵や写本の装飾のように専ら実用的に用いられていましたので、純粋に鑑賞する為の「花の絵」の歴史はフランドルが出発点といえるでしょう。楽器にも美しく花や鳥、昆虫等の装飾をほどこしたのも当然だったのかも知れません。
この新しい伝統は、次世代のフランスにも受けつがれ、幾分、野暮ったい印象のフレミッシュ様式から、フランスの宮廷分化にふさわしい華麗な芸術年品に洗練されていきました。チェンバロの時代は終焉を迎えても、その奘飾の美術的価値によって楽器が現在まで保存されている例は少なくありません。
(久保田彰)