バブル経済崩壊で経済大国日本も若干元気がなくなってきているようだが、それでも経済的に「豊かな国」であることには変わりない。ただし文化的に「豊かな国」であるかどうかは別問題。一時はいわば成金趣味的な発想の「文化振興」なるものが喧伝され、バブル経済で税収が急増した地方自治体がご立派なコンサート・ホールを建設し、ご丁寧にもパイプ・オルガンまで設置するという現象が各地で見られた。しかしこれは結局、ゼネコン業界をうるおしたに過ぎなかったのではないか。税金の有効な使い途は他にあったはずである。
筆者はクラシック音楽ファンだしオルガン音楽にも関心がある。それでも地方自治体がオルガン付きのホールを作るのには反対だ。税金はもっと基本的な生活関連のインフラ・ストラクチャの改善に使ってほしい。音楽文化云々ということに限定しても、他にやることがあるはず。たとえば公立学校の音楽の授業改善に役立てることもできるだろう。それでも予算が余るなら、納税者に還付し、税率を下げろといいたい。
他方、バブル全盛期には「文化、文化」と騒いでいた一部大中小企業も、不景気になれば「経費節減」とやらで真っ先に文化事業から撤退している。企業にとっての文化事業とは、しょせん企業イメージのアップと、黒字減らし、税金対策に過ぎないのだ。
東京の某ホール、数年前に聞いた話では、親企業の資金援助がなければ経営的には赤字だそうだ。では、その企業の資金というのは、どこからくるかというと、これまた一般消費者がその会社の製品を買ったときに払った代金が元になっている。企業に儲けるな、とはいわないが余剰利益はより安全で高品質な製品の開発研究に向けてほしい。それでも余るなら、製品の価格体系を見直すべきだろう。
ところで、このような「バブル音楽文化」に関しては音楽関係者にも少なからぬ責任がある。たとえばプロ、アマを問わず、クラシックを演奏する人間が、自分達が演奏できる場がほしいからといって、安直に自治体にホールの建設を要求したり、ホール建設計画に賛同してよいものなのか。しばしば「東京にはコンサート・ホールが少ない」だの、「本格的なオペラ・ハウスがない」などというクラシック音楽家や評論家がおいでになる。では何を基準にしてコンサート・ホールが少ない、とかオペラ・ハウスがない、といっているのかというと、パリやロンドンといった欧米の都市と比較しているのだから呆れてしまう。
日本の音楽文化の歴史的・社会的背景をどのように理解しているのだろう。そういう音楽家は、パリやロンドンに行って活躍なさればよい(そのパリのオペラ座でさえ、昨今は国の援助がなければ立ち行かない状況と聞いている)。鹿鳴館の時代ならいざしらず、19世紀ヨーロッパの遺物であるコンサート・ホールやオペラ・ハウスを今ごろになってこの日本に建設する、というのはほとんど時代錯誤だ。
もうひとつ、日本人の文化感覚の底の浅さを象徴しているのが「質より量」の発想と大イベント好き。まあ悪意のないお祭り騒ぎに対してとやかくいうつもりはないが、この発想を音楽に持ち込んで「千人の○○」とか、「1万人の○○」ということになるとセンスを疑ってしまう。そもそも大規模な合唱などは、個人を抑えて全体に奉仕する、という性格が強調されがち。
10〜20人程度の気のあった仲間との合唱なら、まだ我慢できるが、数百人規模になると、アジアに現存する某社会主義国の全体主義的な「○○大会」を連想してゾッとしてしまう。オーケストラも同じ。室内オーケストラぐらいまでなら和気あいあいとした気分が伝わってくるが、3管編成の大オケが、指揮者の統率のもとに「一糸乱れぬ」演奏をするのは、やはりこわい。
いずれにせよ、筆者は必然性無く大規模なものは嫌いである。そこで今回紹介するのはロジャー・ノリントン率いる、ザ・ロンドン・クラシカル・プレイヤーズが演奏するシューベルトの交響曲第8番《未完成》のCD*。
これまでの《未完成》の演奏は、重く暗いものが多かった。最初の弦の低音からして重苦しい。で、これまでは「うーん、重厚だ!」と思って聴いていたのだが、ノリントンの演奏はだいぶ趣きが異なる。まず全体にアップ・テンポでサラッと流れていく。加えて歴史的楽器によるオケの編成は低音が軽い。総じて軽快な《未完成》に仕上がっている。人によっては物足りなく感じるかもしれないが、それでもシューベルトのスコアどおりの演奏で、明暗のコントラストは決して失われていない。むしろ、これまでの重厚な《未完成》がグロテスクに感じられてくるほどだ。このノリントンの演奏は、「重厚長大」でないことが必ずしも「軽薄短小」を意味しない、という実例といってもよいだろう。
バブル崩壊後の今、音楽の領域でも規模の大きさだけを追及したり、もったいぶった大げさな仕掛けに感心するような風潮からそろそろ脱却する時期にきている。で、どうしてもホールが必要というのなら、大ホールをひとつ建設するのではなく個性的な小ホール(500席以下)を複数建設する。そしてバカでかい没個性の万能型オルガン1台ではなく、中規模の個性の明確なオルガン(20〜30ストップ)をそれぞれに設置した方がはるかに有益だろう。
*Discography:
Schubert: Symphonies Nos.5 & 8 / Norrington.
EMI CDC 7 49968 2
95/4 last modified 02/6
bogomil's CD collection: 034 (C) 2005-2013 Osamu Sakazaki. All rights reserved.