bogomil's CD collection: 033

ラローチャおばさんのスペイン曲集

Larrocha plays Spanish Music

 「スペイン」と聞いて連想するのは何だろう。闘牛、フラメンコ、バルセロナ・オリンピック。料理ではパエリャを思い浮かべる。魚介、鶏、米をオリーブ・オイルでいため、サフランで黄色にして作ったあれだ。世界史では「スペイン無敵艦隊」というのもあったが、説明はできない。宗教はカトリック。現在では政治、経済の面ではあまりパッとしない。

 さてスペインの芸術はちょっと変わっていて、アクが強い、というか独特な性格を持つ。たとえばゴヤ、ピカソ、ダリ、ガウディ。ゴヤの絵画は王や貴族の肖像画を見る限りではそれほどでもないが、版画の「戦争の惨禍」や「格言集」にはドキッとさせられる。ピカソの絵は理屈抜きに楽しい。おおらかで一見、子供でも描けそうな作品でも、やはりピカソだから描けたという感じ(箱根の彫刻の森美術館の「ピカソ館」がおもしろい)。

 奇行で有名なダリにはいろいろな作品があるが、時計がグニャッとして木の枝にたれ下がっている絵など、シュールレアリズムの作品がおもしろい。ただこの絵は最近はテレビCFにまで登場し、このダリ風の変形した時計も売られるようになってきているので、ちょっと陳腐になってしまったかもしれない。

 ガウディの建築は独特の曲線から構成され、現代建築にしばしば見られる直線を意図的に回避しているように感じられる。見ているぶんにはいいが、彼の設計したマンションにはちょっと住む気にはならない。ああいう建築の内部にいると、ある朝、目覚めてみたら昆虫や蝸牛になっていた、ということになりそうだ。

 さて今回はスペイン近現代のピアノ音楽にちょっと目を向けてみよう。アルベニス、グラナドス、ファリャ、モンポウ。この4人を、スペインのピアニスト、アリシア・デ・ラローチャが演奏している3枚のCDがある。

「グラナドス:スペイン舞曲集、Op.37 」
  ロンドン、F35L-50155

 まず1枚ということならこれ。この《スペイン舞曲集》中の《アンダルーサ》は大変有名な曲だが、筆者としてはこれと暗い《オリエンタル》、明るい《ビリャネスカ》の3曲をひとまとめで聴くことをお薦めしたい。またこの3曲はテクニック面では簡単な曲で、気軽に自分で弾けるのも嬉しい。

「入り江のざわめき/ラローチャ・スペイン音楽リサイタル」
  ロンドン F35L-50448

 まずイサーク・アルベニスの作品。くったくのない、のんびりした民族色豊かな音楽だ。ただ、ちょっと明瞭過ぎるというか深みに乏しい感じもあるが、それがまたスペインの味わいかもしれない。最近、注目され始めているフェデリコ・モンポウの初期の作品《内なる印象》もいい。彼は調性の枠内でちょと変わったことをやっていて、ピンとくるような、こないような、なんともいいようのない作風の曲が多いが、この《内なる印象》は気分が静まるようなところがあり聴きやすい。なおこのCDにはこの他、トゥーリナ、ソレルの作品や、前述のグラナドスの《アンダルーサ》(同じ演奏)も収録されている。

「ラローチャ/三角帽子(ファリャ・ピアノ・リサイタル)」
  ロンドン、F35L-50468

 ファリャの音楽もスペインならではのものだ。しかし同じスペインであっても、ここに収められている《アンダルシア幻想曲》、バレエ音楽から編曲された《粉屋の踊り》や《情景〜きつね火の歌》の雰囲気はアルベニスやグラナドスの世界とはちょっと異なっている。これらの音楽はスペインの風土の深層心理、謎めいた部分を表わしているようにも感じられるし、また一面ではストラヴィンスキーの3大バレエとの同時代の共通性もある。

 ところで日本では彼らのピアノ作品はあまり知られていないし、演奏されることも少ない。モンポウ以外の3人については、ギター用にアレンジしたものの方が知られているかもしれない。恥かしながら筆者もまずギターで彼らの音楽を聴き、後に原曲はピアノ曲だとわかってびっくりしたぐらいだ。

 で、奇妙なことなのだが、曲によってはピアノよりもギターの方がいいのである。知人のギタリストにこの話をしたら「当然、民族的なギターの手法を意識しているからだ。ただ、ギターでは一般性がないからピアノ曲にしたのだろう」ということだったが、たとえば、ロメロ兄弟のギターによる「Albeniz - Falla - Granados/ Famous Spanish Dances 」(Philips 411 432-2)と、ラローチャの演奏とを聴き比べてみると、ピアノが得意とする表現とそうでない表現がよくわかる。

 ギターによる演奏と比較すると、概してピアノの演奏は上品でやや冷たく、モノトーン、そして抽象的に聴こえる。主題や和声といった基本的な音の構成要素が明確になり、民族色や「スペイン的情熱」はほんのスパイス程度の役割になってしまう。あくまで「スペイン風」であって、決して「スペインそのもの」にはならない。やはりスペイン音楽には、ギターがいちばん似合うように感じられる・・・しかしこれはこれである種の思い込み、偏見なのかもしれないが。

【付 記】
 モンポウについては、自作自演のCDのシリーズ"Mompou plays Mompou" (ensayo)をお勧めする。

89/9 last modified 02/6


bogomil's CD collection: 033
(C) 2005-2013 Osamu Sakazaki. All rights reserved.