bogomil's CD collection: 029

CDで聴く、シェーンベルク:ピアノ作品

Schönberg: Works for piano

 「CD」という文字を見て、音楽家はドイツ音名の「ツェー・デー」を、銀行関係者は「現金自動支払機=cash dispenser」を連想するかもしれないが、ここでは「コンパクト・ディスク」の略。ただこの「CD」にもいろいろある。音楽用CDは正式には「コンパクト・ディスク・デジタル・オーディオ」、略称はCD-DA。パソコンソフトや広辞苑、百科事典が、あの12cmのディスク1枚にまるごと入ってしまうのは「CD-ROM」。

 CD-ROM版の辞書や百科事典、あれは使いやすいようで使いにくい。確かに情報が小さなディスクに収まっているので、保管スペースは極めて小さくてすむ。日本の住宅事情には最適だ。しか、使うとなると話は別。まずCD-ROMの情報を能率よく読むためにはパソコンと高速な読み取り装置(ドライブ)、そして大画面のモニタ・ディスプレイが必要だが、これが結構場所をとる。そしてこのパソコンのモニタは、本体が大きいわりに表示できる文字は多くないので能率が悪い。

 それに、本を読む場合と比べるとはるかに目が疲れる。まあ、まだまだ当分は紙でできた書物はすたれないことだろう。仮に紙の原料となる植物が不足したとしても、合成紙を使って本は作り続けられるのではないか。電子出版などというのはまだまだ特殊な用途に限定されることだろう。

 さて音楽用CDの音のよさは改めて説明するまでもないが、そのCDのよさが最もはっきりわかるのはピアノ曲。まず第1にピアノの弱音と強音の差は非常に大きい、つまりダイナミック・レンジが広いが、これはカセットやレコードではなかなかきちんと再生できない。強音にレベルを合わせると弱音が弱すぎてテープ固有の磁気ノイズに隠れてしまう。反対に弱音がはっきり聴こえるようにレベルを合わせると、今度は強音が割れたり歪んだりしてきちんと再生できない。

 この点ではクラシックより激しい音楽と考えられがちなロックは、確かに非常に強い音からなるけれども、「強弱の幅」という点では意外に狭いことが多くカセットに充分収まる。聴くときにボリュームを上げて聴けばよいのである。

 さて、これまでレコードやカセットを通して聴いていたピアノのダイナミック・レンジは実際よりもずっと狭かったわけだが、これがCDではだいぶ改善された。ピアニシモはあくまで繊細に、フォルテはたっぷりと響くようになったのである。

 第2にカセットやレコードでは回転ムラ(ワウ/フラッター)のためにピアノの「ポーン」という響きが「ポヨヨヨーン」というように震えるが、CDではこのような現象は原理的に起こらない。その結果、音の透明感が増し余韻がきれいに伸びるようになった。

 このような理由からCDでは格段によい条件でピアノの音を再生できるようになった。曲はモーツァルトでもショパンでもシューマンでも、とにかく録音さえよければよい音で聴けるが、筆者が特に感激したのはポリーニによるシェーンベルグのピアノ作品集(グラモフォン、F28G50481)。1974年の録音で以前にLPが出ていたが、同じ録音が最近CD化された。これを聴いてみると同じ録音であるにもかかわらず、正確な再現という点ではCDに軍配が上がるといってよい。

 たとえば《6つのピアノ小品》の第4曲。この曲では強弱がめまぐるしく変化する。2小節でc の4分音符の後にf とhの16分音符がフォルテで入る。ここでやわなレコードプレーヤでは前のcの音がつぶれてしまうがCDではこれがしっかり残る。最後の4小節のフォルテも歪むことなく再生される。レコードでは濁った響きに聴こえていたこの部分が、実は非常に明確な音で構成されていることがよくわかるのだ。シェーンベルクの作曲意図とポリーニの演奏意図がより忠実に聴き手に伝えられるといってよいだろう。とにかく曲の構成がどうの不協和音がどうのという以前に、ピアノの音そのものに圧倒されてしまうのである。

 ただし、CDにも欠陥がある。音質の点では高性能のプレーヤとカートリッジを用いて上手に再生されたアナログ・ディスク(LPレコード)の方がより自然であることが多い。CDでは高周波のデジタル・ノイズが回路をゆすったりして、可聴帯域の上限付近の信号に悪さをする、ともいわれている。もっともこれは機器の技術的問題でいずれ改善されるかもしれないが、ゾッとするのはCDの盤そのものの寿命。「光学式で非接触だから、半永久的」というのが怪しいのである。

 ほとんどのCDは信号面が銀色に輝いているが、これはアルミを薄い膜にして蒸着しているからだ。ところがアルミは酸化する、つまりサビるのである。現に某オーディオ誌には信号面一面に傷がついたようになって再生不能となったという投書があったし、アルミ蒸着CDの寿命は10年、せいぜい20年ともいわれている。

 一部のCD-ROMに使われ、音楽用にも一部使われている金蒸着のCD(価格は高め)では酸化は起こり得ないので安心できるが、これはほとんど普及しておらず圧倒的にアルミ蒸着が多い。特に夏に高温多湿になる日本ではCDの寿命はもっと短くなるかもしれない。

 気に入ったCDはDATにダビングしておこうか、とも思うのだが、DATはDATで、テープの磁力のドロップアウトや磁性剤の剥離が怖い。録再可能な光ディスクが実用化されるのを待つべきかもしれない。もっともどんなに苦労して保存したところで、筆者の寿命はたかが知れているし、それにテレビ放送から録画したものの、結局1回も見ていないビデオ・テープもある。まあCDがダメになったらそのときはあきらめることにしよう。


【追 記】
 この記事は、初出1989年。CD-ROMは、その後大量のデータを扱う業務分野(たとえば自動車の補修部品の管理)やパソコン・ソフトのメディアとして普及したが、CD-ROM版「百科事典」は、やはり一般にはそれほど普及していないようだ。筆者も電子ブックの辞書をいくつか使ってみたが、パソコンで見るのはめんどうくさく、専用のプレーヤで使ってみたものの、動作が遅くめんどうくさくて、使わなくなってしまった。

 しかしパソコンのハードディスクの大容量化に伴い、辞書データをハードディスクに常駐させられるようになってからは使い勝手が格段によくなった。現在は『広辞苑』、『英和・和英辞典』、『独和辞典』をハードディスクにインストールして使っている。またインターネットの普及によって調べものがウェブでできるようになったことも大きい。ウェブ上の情報は玉石混淆だが、複数のページで確認すれば、かなり確実な情報が得られる。

 録音メディアとしてのDATは放送局やレコード会社等プロを中心にそれなりに使われているようだが、やはりテープの耐久性の問題は解決されていないので、保存目的には必ずしも適しているとはいえない。民生用、一般家庭用としてはほとんど使われなくなった。

 筆者は結局DATは導入せず、1994年からMDを使っている。音質はCDやDATに劣り、不満がないわけではないがカセットに比べればはるかによく、実用上はまず気にならないし、曲順の変更や編集が可能であることは大きなメリットだ。 また2000年からはオーディオ用CD-Rも使っている。

 ところで、CDの耐久性はどうなったのだろう。筆者が持っているもっとも古いCDは1983年製だが、いまのところまだ再生可能だ。20年の壁はクリアしたといってよい。

 そうこうしているうちに、スーパーオーディオCD(SACD)なる次世代CDフォーマットが登場してきた。DVDオーディオもある。確かに高音質化は魅力だが、現在のCDフォーマットでもまだ改善できる部分はあるのではないだろうか。ちょっとユーザ不在の開発競争の感も否めない。2003年末には普及価格帯のSACDプレーヤを購入し、ディスクも数枚購入したが、その後は購入していない。

 その後、MP3などによるファイルのネット配信が急速に普及し、iPodの登場によってデジタル・オーディオの世界も大きく様変わりした。これまでの、「新技術=高音質」というマニアックな方向ではなく、いつでも、どこでも、手軽に、という音楽の楽しみ方が広がった。もはやCDのようなメディアは必要ない。ネットからファイルをダウンロードして聴く。筆者もここ数年、購入するCDの数がめっきり少なくなってしまった。

89/9 last modified 08/3


bogomil's CD collection: 029
(C) 2005-2013 Osamu Sakazaki. All rights reserved.