bogomil's CD collection: 023

イタリア・オペラの人間模様(1)
——レオンカヴァッロ:《道化師》

Leoncavallo: "I Pagliacci"

 レオン・カヴァッロのオペラ《道化師》は音楽も物語も密度が高く、ダラダラしないし、構成も無駄がない。物語は男女の愛憎劇だが、ちょっと深刻。

 物語の舞台はイタリアのある村。旅回りの一座がやってくる。座長のカニオには若い妻ネッダがいる。座員のトニオはネッダに想いを寄せているが、ネッダはこの村の若者シルヴィオと恋仲になっている。ある日の夕暮れ時のこと、シルヴィオはネッダに駆け落ちを迫り、ついにネッダも承諾する。それを物陰から見ていたトニオがカニオを連れてくる。別れ際にシルヴィオに向かって「今夜ずっとね」というネッダの言葉を耳にしたカニオは逆上して「男の名を言え」とネッダに迫るが、芝居の始まる時刻が近付き、小屋にもどって衣装をつける。

 ここでカニオが歌うのが有名な『衣装をつけろVesti la giubba』で、妻に裏切られた悲しいときでも、道化(パリアッチョ)は衣装をつけ、白粉をぬってお客を笑わせなければならない、と嘆く。

 次いで一座の演じる芝居の場面。劇中劇だ。これは夫パリアッチョ(カニオ)の留守に、アルレッキーノを引き入れる妻コロンビーナ(ネッダ)の話で、ドタバタ劇。しかしカニオにとっては切実な問題だ。やがてこの芝居の中で、コロンビーナ役のネッダが「今夜ずっとね」という科白をいう。これを聞いたカニオは錯乱してしまい、舞台の上で再びネッダに「男の名をいえ」とせまる。

 観客はあまりの激しさに驚くが、ネッダは芝居の上でのことにして、なんとかカニオをかわそうとする。しかしカニオの怒りはおさまらず、「もう芝居なんかやってられるか!」というまでになってしまう。最後にカニオはネッダを刺し、客席からネッダを助けに飛び出してきたシルヴィオも刺し、泣き崩れて幕。

 とまあ、こんな話だが、そもそも主人公のカニオはあきらめの悪い男、一昔前なら「女々しい男」と呼ばれるタイプである。ただ悲しみのあまり錯乱してしまうところは涙をさそう。そこまで、ひとりの女性を愛することができれば、それはそれでイタリア男の鑑(かがみ)だろう。

 『衣装をつけろ』はマリオ・デル・モナコが歌うと素晴らしい。余談だが劇場映画化された『アンタッチャブル』の中で、アル・カポネがこのアリアを聴きながら涙をながすシーンがあって、イタリア人のメンタリティーの描き方として興味深かった。

 さて、確かにカニオは哀れを誘うが、果たして本当にカニオは同情に値するのか。そしてネッダは夫を裏切った悪女なのか。これはネッダをどのような性格に演出するかで多少変わってくるが、「孤児だったネッダをカニオが拾って育て、後に妻にした」という点を重視すると、物語の意味は微妙に変化する。カニオとネッダは、夫婦というよりは親子といった方がよいのである。

 当初カニオは、父親としてネッダを育てた、と仮定しよう。そしてネッダが成長したとき、カニオの父親としての感情が変質し、ひとりの女性として愛するようになった、と仮定しよう。そうすると、これは父親が娘を妻とするという点で、疑似的な近親婚となる。ネッダの立場はどうだろう。自分を拾って面倒をみてくれたカニオが自分を妻にしたい、と望んでいる。これはなかなか拒絶できるものではないし、実際にネッダはカニオを愛していて、喜んで妻になったかもしれない。

 しかしやがて息苦しくなる。父親と夫がひとりの人格なのだから。その結果ネッダは本当の夫を求める。それがシルヴィオだったとすれば、ネッダは極めて健全な道を選んだことになるだろう。カニオはあくまでネッダの父親として、ネッダとシルヴィオの「結婚」を祝福するべきだった。祝福できないまでも、ふたりの「駆け落ち」を黙認してもよかったのではないか。

 カニオが錯乱するのもネッダを刺すのも、ネッダを愛するが故、といえば聴こえはいいが、この愛は自己中心的でネッダを所有物としてしか見ていないようにも感じられる。そしてカニオは一面では感情的に自分を制御できない幼児性も示しているのだ。

 さて、この《道化師》の物語は実話にもとづくのだそうだ。とすれば、これは大変ドラマチックな事件ということになる。しかし、ここに描かれている状況は、決して特殊なものではない。上述のように父親の娘に対する固着、逆エレクトラ・コンプレックスの物語と解釈すると、これは結構よくある話、とさえ思えてくる。そう、筆者は、結婚式の披露宴で「あんな男に娘を取られてチクショウ…」と悪酔いする、子離れできていない世のお父さんたちを連想してしまうのである。


Discography:

レオンカヴァッロ:《道化師》
フォノグラム88VC-304(LD)

93/07 last modified 96/02


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