※このページは以下の12編のエッセイを収録しています。
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日本では、クラシック音楽愛好家は決して多数派ではない。ためしに、テレビでクラシックがどれくらい取り上げられているか、番組表を見てみれ ばすぐわかる。NHK教育はさておき、民放ではバラエティ風にクラシックを取り上げる番組はあっても、クラシックをちゃんと聴かせる番組はほとんどない。 あっても、早朝か深夜。いわゆるゴールデンタイムには皆無といってよいだろう。
では、日本には音楽好きがいないのか、というと、もちろん、そうではない。多くの若者はラジカセやミニコンポあるいはヘッドフォンステレオで 音楽を聴いているが、それがクラシックではない、というだけのことだ。
ただ、昨今の若者に、もうクラシックは受けない、と即断するのは早計。純粋に「音楽」としてクラシックを聴くことはなくても、人気テレビドラ マやテレビ映画の背景には、けっこうクラシック的なスタイルの音楽やクラシックそのものが使われることがあり、これはすんなり受け入れられているように思 えるからだ。
にもかかわらず、現代の日本でクラシックに人気がないとすれば、それはひとつには「クラシック」というと、あいも変わらず、ベートーヴェンや らショパンやらヴェルディやら、19世紀までの、特定の作曲家の特定の作品に限定されていることに問題があるのではないか。
筆者は、別にベートーヴェンやショパンがダメ、と言っているのではない。ただ、ひとくちにクラシック音楽=西欧の芸術音楽といっても、地理 的・歴史的にさまざまな音楽があり、それらに広く目を向けない(耳を傾けない)のは、なんとももったいない、という気がするのだ。
また、趣味嗜好の変化、という側面も見逃せない。CFやドラマのBGMを含めて、現代のマスメディアを通じて流される音楽は時代とともに変化 する。筆者は、人間は、概して、子供の頃に聴いた音楽を基盤として、それと比較しつつ、音楽を聴いていくのではないか、と考えているが、もし、そうだとすれば、子供の頃に「魔法使いサリーちゃん」を見ていた世代と「ちびまるこちゃん」を見ていた世代では、後々の音楽の好みも変わってくるはずで、これはクラシックを聴いたときの反応の違いにも反映するように思える。
「誰もが認めるクラシックの名曲」というのも、実際には時代が進めば少しずつ変化していくと考えるべきだろう。まあ、このあたりは筆者もよくわかっていないが、19世紀の音楽、とりわけ日本で「名曲」とされてきた作品は、そろそろ現代人の感覚には陳腐化してきているように思える。
ところが、こう感じる人々が潜在的に増えつつある、ということが、クラシック・ファンや音楽家の間では、あまり認識されていない。いわゆる名曲だけがクラシック音楽を代表するものではなく、それらは、おびただしいクラシック音楽の中のごく一部に過ぎない、ということが、理解されていない。
21世紀を目前にした現在、旧態依然とした名曲だけがハバをきかせている状況を打ち破り、より広いレパートリーを取り入れるべきではないだろうか。
たとえば、ベートーヴェンの第5交響曲。長年、中学校の「音楽」の授業で鑑賞する「共通教材」に指定されてきたこともあって、交響曲の入門用定番になっているが、そろそろ「交響曲の入門」なら、同じ第5でも、マーラーの第5交響曲*にしてみたらどうだろう。第2楽章など「スターウォーズみたいだ!」と中学生にもかえってストレートにウケるかもしれない。
「交響曲の入門としては、わかりやすいベートーヴェンがいい。マーラーは長いし」という考え方があるとしたら、それは中学生の感受性をみくびった大人の思い上がりだし、もし、明快で簡潔な古典派の交響曲ということなら、むしろヨゼフ・ハイドンやモーツァルトの方がいいだろう。筆者なら、ヨハン・シュターミッツやクリスチャン・バッハの作品を古典派交響曲の典型として挙げたいところだ。
今の日本で、もしクラシック音楽に人気がなくなり、低迷しているとしても、それはクラシック音楽がつまらなかったり、時代遅れになったからではない。十年一日、特定の曲だけを「名曲」としてありがたがるような悪しき定番志向から日本のクラシック関係者が脱し、豊かで多様なクラシック音楽に遺産に目を向け、そして音楽界も積極的にレパートリーを拡大すれば、クラシック音楽は、もっと広く聴かれるようになるはずだ。
ただし、これは「言うは易(やす)し、行うは難(かた)し」で、筆者は決して楽観はしていない。
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* Mahler: Symphonien Nr.4, 5, 6 Rafael Kubelik (Grammophon 429 042-2)
よいピアノ演奏とは。筆者はまず第一に「自然さ」を挙げたい。ことさら、わざとらしくギクシャク感じられるような演奏、いかにも「ムズカシイ曲を弾いてるんだゾ」と感じさせるような演奏、不協和音が耳に鋭く突き刺さるような演奏は、いずれも自然ではなく、よい演奏とは思えない。
音楽がなめらかに流れていく演奏、速すぎず、遅すぎない演奏、すべての音が明瞭であり、しかも刺激的ではない演奏…これが自然な演奏であり、よい演奏ではないだろうか。
舞台での演奏家にも自然な動きをしてほしい。何げなく出てきて、自然な表情と自然な身のこなしで難曲をサラッと弾きこなしてほしい。実際には血のにじむような練習をしているとしても、演奏からはそんなことを感じさせないようなピアニストこそ、本当のプロというべきだろう。
さて、ショパンのピアノ曲だが、彼の作品の大半は、極めて自由で即興的だ。で、実際にショパンはどのように作曲したのだろう。音楽だけを聴いていると、彼はインスピレーションに駆られて即興演奏し、それをそのままサラサラと楽譜に書きつけたように思える。
しかし、ある同時代人の書き残したショパンの作曲の様子についての記述からすると、どうも、そうではないらしいのである。
「彼のインスピレーションは素早く、また完全で、まるで譜面を見ているかのように、すらすら弾く。だが、それを楽譜にし、基本の思想を詳細にわたって展開する段になると、彼は何日も苦しみ、見る者がゾッとするような絶望的な表情に変わる。同じフレーズを始終修正、手直しし、狂人のように室内を歩き回る」*1
もしこれが事実なら、少なくとも出版されたいくつかの作品に関して、ショパンは音楽的インスピレーションをそのまま楽譜にして発表したのではなく、入念に、時間をかけて仕上げていったということになる。
つまり、「自然で、即興的で自由な雰囲気」を考えに考え抜いて作り出したということだ。これは、「即興性」という点からすれば矛盾したことだが、いずれにせよ、ショパンはすばらしいインスピレーションから即興的に曲を作り出す天才型作曲家であると同時に、コツコツ作品を仕上げる努力型の作曲家でもあったのだ。
以前、テレビのドキュメンタリー番組で、漫才のオール阪神・巨人の舞台裏を見たことがある。彼らの漫才は、あたかも、その場で即興で演じているように見える。いかにも気楽にしゃべっているようだが、しかし、それは「そう見えるだけ」。
実際には、専属の台本作家によって台本が準備され、ふたりはそれを徹底的に練習し、暗記するのだ。
しかも、その練習というのは、およそ舞台からは想像がつかないような、真剣で、きびしいもの。巨人がリーダーシップをとって作り上げていくのだが、見ていて怖くなるぐらいだった。それが、ひとたび舞台に出ると、気楽で、力が入っていない…
筆者は、ガク然としてしまった。ある意味で、観客はダマされているともいえるが、これがプロというものだろう。
似たようなことは、テレビのバラエティー番組やクイズ番組にもいえる。たとえば、タレントが回答者として出てくるクイズ番組。若いタレントAは、若者らしい無知をさらけだしたり、突拍子もない回答で笑わせ、「博識」で知られる年配のタレントBは、どんな問題でも、的確な回答をする。
これまた、一見、その場で、タレントたちが素顔を出しているように見える。しかしここにも、おそらくは台本が存在するのであり、リハーサルが行われているのだ。
だから、もしこの種の番組を見て、タレントAは軽薄な若者で、タレントBは博識な人物、と思い込んだら、それは誤解だ。彼らは「与えられた役」を演じているに過ぎない。このことは、ちょっと気を付けて観察すればわかる。ベテランはさりげなく自然に振舞うが、新人は、与えられた役を、どこか演じきれていないからだ。
こんなことを考えながら、ジャン・ゴヴェールが、1839年製のエラールのピアノで弾いたショパンのCD*2から、変ロ短調の《ノクターン》op.9-1を聴いてみる。よどみのない流れと、洗練された響き・・・すべてが自然だ。
しかし、もしこれが巧妙に仕組まれた「自然さ」だとすれば、さすが、ショパンは真の意味で「ピアノのプロ」だったということになるだろう。
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*1:ショーンバーグ著、亀井旭・玉木裕共訳:『大作曲家の生涯』(上)、共同通信社刊、297ページ。
*2:Chopin et le Piano Erard en son temps avec Jean Goverts (STIL 2008
SAN 90)
ふつう、歌には歌詞がついている。また、歌を作るときは、歌詞がまずあって、それにメロディーをつけるのが一般的だ。このため、すぐれた歌曲は、しばしば「音楽と詩が一体になっている」などといわれたりする。しかし、ほんとうにそうなのだろうか。
かつては筆者も「歌の理解には、歌詞の理解が不可欠」あるいは「歌詞の理解が、音楽の理解を深める」と考えていた。しかし、これは「パンとハンバーグはハンバーガーにして一緒に食べなければならない」といっているようなもの。パンとハンバーグは別々に食べることができるし、ハンバーガーからハンバーグだけ取り出してパンは食べなくてもかまわない(もったいないが)。
同様に歌詞=言語の理解と、メロディー=音楽の理解は、基本的にはまったく別もの。強いていえば、音楽によって引き起こされる原始的で匿名的な感情を、言語によって一定の「意味」に制限して解釈している、ということになるだろう。
そもそも、人間が言語=コトバを使い始めるはるか以前から、歌は存在していたのではないか。それは、叫びとか、うめきに類するものだったかもしれないが、声の抑揚で何かを表現し、あるいは何かを伝えていたはずだ。
しゃべりコトバは、ずっと後になってから、人間社会が複雑化するにつれて厳密なコミュニケーションが必要となった結果、舌を使って子音と母音を使いわける、という高度な技術として登場したのだ。だから人間は、誕生直後に泣き声をあげることはできても、訓練されなければコトバをしゃべることはできない。
まあ、遠い過去のことはあくまで推測するしかないが、歌において、歌詞とメロディーが独立して存在することを示す例証がないわけではない。カナダの北部、北極圏に住むイヌイットの中には、数千年前からほとんど変わらない質素な狩猟生活を営む人々がいる。
そんな彼らの音楽の中に「物語り歌」というのがある。これは、最初に簡単な物語をしゃべり、その後、単純な単語あるいはシラブルでメロディーを歌うもの。いわば「歌詞とメロディーが分離した歌」なのだ。
ところでドイツのワーグナーは、Musikdrama=楽劇という、新しいオペラの一形態を生み出した。その背景は簡単に説明できるものではないが、筆者は、「コトバと音楽」という点では、ワーグナーは融合ではなく、前述の「物語り歌」と同じ分離の方向を選んだような気がしてならない。
ためしに、《ニーベルングの指輪》*の《ジークフリート》から、第2幕の「大蛇退治」の場面を聴いてみよう。ここでは、ジークフリートや大蛇(巨人ファフナー)の歌は、レチタティーヴォ的な性格のもので、メロディー的にはあまり魅力がない。一方、管弦楽は非常に巧みに作られており、ジークフリートや大蛇、あるいは巨人を表す印象的な主題(ライトモティーフ)を提示して雰囲気を盛り上げている。
つまり、ワーグナーは、コトバはセリフとしてしゃべらせ、音楽的表現は管弦楽にゆだねた、といえるのである。「歌手も歌っているじゃないか」といわれるかもしれないが、これは、ある程度は歌わせなければ、管弦楽とのタイミングを厳密に規定できなかったこと、当時はまだマイク、アンプ、スピーカといったPA設備がなかったので、管弦楽に対抗してセリフを明確に観客にまで届かせるには、歌うような発声をさせる必要があったからだろう。
もし、ワーグナーが現代に生きていたら、さしずめ《ジークフリート》を、SFX映画として製作したのではないかと思う。逆にいえば、現代では、多くの映画作品が、楽劇の延長上に位置しているといってもよいだろう。
映画にオペラのようなアリアは存在しないが、主役の男女のセリフの背景にはちゃんと音楽が流れて雰囲気を盛り上げる。これは、アリアの持つ言語的要素と音楽的要素が分離した状態といえる。こう考えれば、少なくとも大衆的な娯楽としての19世紀のオペラは、20世紀には映画にその地位を譲った、あるいは「発展的に解消した」といっても過言ではない。
音楽の起源のひとつが歌であることに異存はないが、その歌は、おそらく歌詞を伴ってはいなかった。つまり、母音唱法的な歌が先行し、その解釈を社会的に規定するために歌詞が付されるようになったのだろう。
現在、私たちが楽器によって演奏されるある種の音楽に心を動かされるのは、おそらくそれが「歌詞のない歌」だから。つまり言語という社会的約束事に拘束されない「自由な歌」に、より根源的な「人間の歌」を見いだすからではないだろうか。
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* Wagner: Der Ring des Nibelungen / Solti (DECCA 455 555-2)
(国内版分売もある)
ジェルメーヌ・タイユフェール。フランスの作曲家、1892年生まれ、1983年没。「フランス6人組」のひとりとして、音楽史の本や音楽辞典で彼女の名前を目にすることはあっても、その作品となると、ほとんど知られていない。いわば「幻の作曲家」なのだが、筆者はようやくこの3月に、初期の作品から晩年の作品まで、彼女の作品のみを収録したCD*を入手することができた。
こういう場合は、えてして期待がふくらんでしまいがちだが、ここはひとつ、冷静に聴いてみることにしよう。
《映像 Images》(1918)と、《ハープ・ソナタ》(1957)は、ペンタトニックが使われたりして、東洋風。親しみやすいがあっけらかんとしていて物足りない。しかし、《弦楽四重奏曲 Quatuor》(1917-19)は優雅で、いかにもフランス音楽。聴いていて気分が休まる。
声と室内楽のための《フランスの大衆歌曲 Chansons populaires françaises》(1952〜55)は、一般に「旋法的」といわれる、フランスの民謡や中世・ルネサンスの音楽を思わせる節まわしが聴かれ、どこか古風。しかし、和声的な面では明らかにフランス近代の響きだ。
《2つのワルツ Deux valses》(1962)の第1曲は、2分ちょっとの小品ながら、サティーやプーランクを思わせる7度や9度の和音を用いたピアノ曲。やや翳りのある第2曲もなかなかいい。
フルートとピアノのための《フォルラーヌ Forlane》(1972)は、16~18世紀に好まれた舞曲フォルラーヌのリズムと、近代的な和声感覚がうまく混ざり合った小品だ。
このCDに収められた曲は、大きく分類すれば、調性音楽であり、様式的には20世紀前半フランスの新古典主義の音楽とみなすことができる。筆者の感覚では、プーランクにもっとも近いが、フランス古典音楽や民謡の要素はプーランクよりもストレートに持ち込まれているように感じられる。
また、プーランクと同じく、20世紀前半フランスの大衆音楽の要素も認められる。このスタイルは、その後、フランスの映画音楽に受け継がれていくが、20世紀後半には、フランスでもジャズに代表されるアメリカ音楽の影響が強くなっていくので、今となっては「古き良き時代の映画音楽」といった印象も受ける。
19世紀末から20世紀初頭にかけて、フランスではドビュッシーやラベルが印象主義を確立し、ドイツでは、後期ロマン主義の延長線上に、シェーンベルクの無調音楽が現れた。ロシアのストラヴィンスキーは、三大バレエで、荒々しいリズムと不協和な響きをもたらし、衝撃を与えた。
こういった当時の前衛的な傾向に対して、フランス6人組は「まともな音楽の復権」をめざした。ここでいう「まともな音楽」とは、たとえば明確な調性、自然な(歌いやすい)メロディー、踊りやすいリズム、バランスの取れた形式といった特徴を持つ音楽のこと。
つまり、17〜18世紀の「古典音楽」の精神に立ち返ろう、ということで、「新古典主義」と呼ばれるのだが、しかし、これは調性音楽の新しい可能性を模索することであって、決して、古楽ブームのように17〜18世紀以前の音楽にもどってしまうことではなかった。
新古典主義者は、ある意味では、保守的・反動的だったともいえるのだが、前衛的な音楽が、普通の音楽ファンの感覚を超えて先鋭化していく20世紀にあって、聴きやすく、楽しめる音楽を書き続けたことは、それなりの見識というべきだろう。
筆者は、未来への努力を放棄して単に「昔はよかった」式に懐古的になるのは不健全だと思うが、ことフランス新古典主義の音楽に限っては、この種の後ろ向きの擬古趣味として葬り去る気にはなれない。
オリジナリティーの欠如した前衛モドキの現代作品にはうんざりしてしまうが、たとえ通俗趣味といわれようとも、プーランクやタイユフェールの音楽には理屈抜きの魅力を感じてしまうからだ。
さて、このCDの最後に収録されているのはトランペットとピアノのための《ガイヤード Gaillarde》(1972)。これまた16〜17世紀の舞曲だが、明るく、華やかな曲に仕上がっている。しかし前述の《フォルラーヌ》も、この曲も、タイユフェールが80才のときの作品。古風ではあっても、決して古臭さを感じさせない。
この年齢で、これだけみずみずしい感覚の音楽を書いたタイユフェール、最後までスジガネ入りの新古典主義者だったといってよいだろう。
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*The Music of Germaine Taillefere (HELICON HE 1008)
ピアノは1700年ごろ、イタリアのクリストフォリが製作した楽器に始まり、18世紀から19世紀にかけて発達し、ほぼ19世紀の終わりに現在の形へ到達したと考えられている。したがって、現在、ピアノで演奏されているレパートリーのうち、19世紀中頃までに作られた曲は、作曲当時は現在のピアノ(以下、モダンピアノ)とは響きも、弾きごこちも、多かれ少なかれ異なる楽器で演奏されていたことになる。
そのためオルガンやチェンバロと同じく、ピアノにおいても「歴史的楽器」すなわち、その曲が作られた当時の楽器(以下、フォルテピアノ)で演奏しようという試みがなされるようになってきた。
特に、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンが使用した、ウィーンの18世紀後半〜19世紀初頭の楽器は、構造もアクションもモダンピアノとは大きく異なるため、現存する当時の楽器を復元して演奏する試みや、それらをもとにして当時の様式の楽器が新たに製作されている。
とはいえ、フォルテピアノは、まだまだ一般のピアノ愛好家に広く聴かれるまでにはいたっていない。「昔の楽器は音が貧弱」とか「現在のピアノは完成されている」、はては「作曲家は、理想の響きを念頭に置いて作曲したのだから、現代の高性能の楽器で演奏することこそ、作曲家の夢をかなえるものだ」という考え方が根強いからだ。
確かにモダンピアノは、ある意味で完成の域に達しているが、その発展過程で切り捨てられたものもある。たとえば、フォルテピアノは音域によって音色や余韻の差が著しかった。これは全音域にわたって均質な音色を達成したモダンピアノから見れば欠点だが、しかし曲によってはモダンピアノにはない「味わい」を生み出すことがある。
ここ数年、フォルテピアノが再認識されるようになってきた背景には、こうした「ピアノ進化論」に対する反省も影響している。ただ、モダンピアノに比べると、フォルテピアノは概して作りが繊細なため、わずかなアクションの調整や整音によって、同じ楽器でもかなり異なる響きになってしまう。したがって、いかに忠実に修復・復元したり、複製したりしても、「これこそが当時の響きだ」といえるような楽器は存在しないのだ。
フォルテピアノを用いてベートーヴェンの後期ピアノソナタ第30~32番を演奏したCDを2枚、聴き比べてみよう。
まず、ウィーンのコンラート・グラーフが1824年頃製作したフォルテピアノを使って、P.バドゥラ=スコダが録音したもの(ASTREE 8699)。この種の録音の草分けだが、高音域の倍音が強調され、ややキンキンした音色になっている。これは、おそらく、ハンマーを固めに調整しているためと思われる。逆に低音域は、モダンピアノよりもくすんだ音で、高音域とのコントラストは明確。
もう1枚はP. コーメンの録音*1。これも、グラーフが1830年頃製作した楽器を用いているが、音色は、バドゥラ=スコダの録音とはだいぶ違う。高音域の倍音が少なく、しかも、余韻が短い。文章では表現しにくいが、モダンピアノが「ポーン」と鳴るとすれば、このピアノでは「ポンッ」あるいは「ポッ」といった感じなのだ。おそらく、ハンマーを柔らかくし、ダンパーのかかり具合なども、バドゥラ=スコダの楽器とはだいぶ異なる設定にしているのだろう。
この結果、ほぼ同じ頃の、同じメーカーのフォルテピアノを使っているにもかかわらず、このふたりの演奏は、だいぶ趣きが異なる。バドゥラ=スコダは、華やかだが、悪くいえばうるさい。コーメンの演奏は、柔らかい響きだが、悪くいえば地味過ぎる。そして、どちらが当時の響きだったのか、今となっては、もうわからないのだ。
で、どちらを選ぶかは、結局は趣味の問題となるのだが、このところちょっと疲れ気味の筆者としては、コーメンを取る。特に第32番 op.111の第2楽章、第72小節からの高音域のピアニッシモの表現がすばらしい*2。コーメンはこの部分を、前述のような柔らくて余韻の短い音で、しかも遅めに演奏している。これが、なんとも、いい味なのだ。筆者は、もともとベートーヴェンの緩徐楽章の穏やかさ、落ち着いた気分が好きなので、これこそベートーヴェンならではの素朴で素直な音楽、という感じがする。-
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*1:Beethoven: Piano Sonatas Op. 109, 110, 111. Paul Komen (GLOBE GLO
5106)
*2:この箇所、モダンピアノでは音が鋭く、きつくなりがち。特にグールド(1956)やブレンデル(1995)はかなり速め、強めに弾いている。他方、リチャード・グード(1986/88)は、コーメンのような素朴さを出している。
現代社会に、電気は欠かすことができない。別に電力会社の宣伝をするつもりはないが、電気なしでは、私たちの生活は成り立たないといっても過言ではない。
まず、ほとんどの家では、白熱電球や蛍光灯を使っている。今時、ろうそくやランプあるいはガス灯を使うことはまずない。次いで、冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、掃除機、エアコンから、テレビ、オーディオ、パソコンにいたるまで、家の中は電気器具だらけ。
この電気=エレクトロニクスは、20世紀の社会や文化を特徴づけるものだが、音楽にも少なからぬ影響を及ぼしてきた。中でも、録音とラジオ放送の果たしてきた役割は大きい。
電気を用いないアクースティック録音は19世紀末に始まり、電気録音は1925年に始まった。また、ラジオ放送は1920年にアメリカで始まっている。これ以後、音楽はレコードという形態と、ラジオ放送という形態で、急速に日常生活に浸透していく。
現在の私たちは、CDやFM放送をごく当たり前に聴いているが、これは、考えてみれば、画期的なことなのだ。ためしに、レコードやラジオが存在しない時代のことをちょっと想像してみてほしい。
何か、音楽を聴きたくなったら、どうするか。自分で演奏するか、人の演奏するのを直接、聴くしかない。だから、ルイ14世やエステルハージ侯爵のような音楽好きの王侯貴族は、作曲家や演奏家を雇っておいて、常に自分の近くにはべらせ、あたかもCDプレーヤのPLAYボタンを押すように、好きなときに音楽を演奏させたのだ。
しかし、庶民にはこんなことはできなかった。18世紀に始まった産業革命が19世紀に入って進展し、交通機関や工業が急速に発展しても、音楽は、なかなか一般に広まらなかった。大きなホールに人を集めて、オペラや大編成オーケストラのコンサートをするぐらいがせいぜいのところ。
それでも、ブラームスやブルックナーの交響曲のような大曲が頻繁に演奏されることはなく、生涯に1〜2回聴ければ幸運、という状況だったようだ。
仕方なく、管弦楽曲をピアノ連弾にアレンジし、アマチュアが自ら弾いて楽しむ、ということが一部で普及したくらいである。音楽を記録し、再生する手段としては、オルゴールの原理による機械装置もあったが、これは決まり切った単調な再現しかできず、とても、人間の演奏の代用になるようなものではなかった。
レコードとラジオ放送は、こういった状況に革命をもたらした。たとえ音質や臨場感の点でナマ演奏には及ばなくとも、レコードは「好きなときに好きな音楽を聴く」という、昔は王侯貴族にしか許されなかった音楽の楽しみ方を庶民にもたらした。ラジオ放送は、曲目がお仕着せとはいえ、コンサートに行くよりも手軽に、安価に、自宅で音楽を楽しむことを可能にした。
やがて、ひとつの興味深い現象が起こった。レコードやラジオ放送のおかげで、それまでは忘れられていたチェンバロやクラヴィコードが再び聴かれるようになったのだ。ナマ音で演奏会を行うとすれば、チェンバロは、せいぜい200席程度のホールが限界、音量がはるかに小さいクラヴィコードになると数十人規模が限界で、とても採算が取れない。
しかし、レコードや放送では、これらの楽器がじゅうぶんに鑑賞できたのである。かく言う筆者も、チェンバロを最初に聴いたのは1960年代のFM放送、クラヴィコードを最初に聴いたのはLPレコードでだった。
このように、レコードやラジオによってチェンバロやクラヴィコードが聴かれるようになった、というのは、考えてみれば皮肉な話だ。最新のテクノロジーであるエレクトロニクスが、過去の忘れられた楽器、進化の過程で切り捨てられてきた楽器をよみがえらせたのだから。
そしてチェンバロやクラヴィコードの復活は、これらの楽器のための音楽、すなわち、いわゆる古楽=17世紀以前のレパートリーの復興にも大きく貢献した。古楽の復興には他にもいくつかの背景があるが、もしレコードや放送がなかったら、ここまで普及することはなかっただろう。
ということで、今回は古楽の分野の名曲、スペインのアントニオ・デ・カベソン(1510-1566)の《騎士の歌による変奏曲》をチェンバロで演奏したCDを聴いてみよう*。もし電気がなかったら、このCDは聴けない。当たり前のことだが、しかし、話はそれだけにとどまらない。もし電気がなかったら、私たちはそもそも、こういった曲の存在を知ることさえできなかった、ということなのだ。
*CABEZON: Obras de musica vol. 1 (stradivarius STR 33449)
《パッサカリア》ハ短調 BWV 582は、バッハのオルガン曲の代表作のひとつ。「パッサカリア Passacaglia」とは、スペイン起源と考えられている遅い3拍子の舞曲で、17〜18世紀には、低音に一定の主題が反復され(固執低音、バッソ・オスティナート)、上声部が変奏していく形式の楽曲となった。
このバッハのパッサカリアでは、20の変奏が展開され、その後、同じ主題による4声のフーガが続く(このため、「パッサカリアとフーガ」と呼ばれることもある)。
中心となる低音主題は、単純ながら、なかなか荘厳なもの。ただし、この主題の前半4小節は、フランスのオルガニスト、レゾンA. Raison(1650-1719)が1688年に出版したオルガン曲集中の《パッサカーユによるトリオ Trio en Passacaille》に見られる。
年代から考えて、バッハがこの曲集を見たか、あるいは演奏を聴いて触発され、主題を倍に拡張してBWV 582を書いた可能性が高い。しかもバッハはレゾンのパッサカーユ(6変奏のシンプルなもの)よりもはるかに大規模で、複雑な構造を持つパッサカリアを生み出した。今回は、このパッサカリアの5通りの演奏を収録したCDを聴いてみよう*。
まずトラック1は1769年にJ. A. ジルバーマンが製作した歴史的オルガン、いわゆるバロック・オルガンを用いた演奏。いわば、この曲の本来の姿にもっとも近い演奏といってよいだろう。バロック・オルガンの無骨で硬質な響きが、この曲の持つ厳格さによくマッチしている。というよりは、バッハは、このような響きに合せて、この曲を作った、というべきかもしれない。(演奏時間13分21秒)
トラック2はフランスのダルベールE.d'Albert(1864-1932)によるピアノ・ソロ編曲。ピアノでは音が減衰するために、オルガン曲をピアノにアレンジすると、しばしば音楽がやせた感じになる。しかしこの編曲は巧みで、かえってオルガンよりも、曲の細部の構造が明確になるところがあり、おもしろく聴ける。(13分16秒)
トラック3は、再びパイプオルガン。ただしこちらはトラック1とは違って、1903年に作られた、いわゆる「ロマンティック・オルガン」を使っている。このタイプのオルガンは、繊細な響きや柔軟な表現力を追及し、またオーケストラの効果を出すようにさまざまな音色のパイプを持つ。このため、バロック・オルガンを用いたトラック1とは、だいぶ趣きが異なる。
音色は柔らかく繊細。加えて、演奏解釈もロマン的(解説によると、リストとテプファーが校訂した楽譜を用いたという)。強弱やテンポの変化の幅も大きく、前半の変奏の部分はおおむねゆっくりだが(変奏によっては速く演奏されるものもある)、フーガに入ると一転して快速。しかし、終結部は再び、過剰といえるぐらいのアダージョでしめくくられている。(18分58秒)
トラック4は、M.レーガーによる4手ピアノ編曲。このパッサカリアのように、足鍵盤を要するオルガン曲をピアノ用に編曲する場合、2手ではちょっと苦しいが、4手ならば、ほぼ原曲どおりに演奏できる。ただ、このレーガーの編曲では、手の近接を嫌ったためか、ソプラノがしばしばオクターブ高く演奏される。これは、筆者にはちょっとうるさい感じがした。(12分41秒)
最後のトラック5は、L.ストコフスキーによる管弦楽編曲。演奏しているのはそれほど大編成のオケではなく、楽器による音色変化は明確だが、ストコフスキー自身の指揮による録音や、オーマンディの編曲・指揮による録音に比べると、迫力の点でいささか物足りない。(14分17秒)
以上、計5つのバージョンでパッサカリアを聴いてみたが、それぞれ、この曲を違った色あいで聴かせてくれる。たとえていえば、同じ人物が、違った服を着て出てくるようなもの。で、ある服は似合っているように見え、ある服は似合っていないように見えるのは、見る側の趣味や主観によるところが大きい。
だから、これがよい、あれはよくない、と論じてもあまり意味はないのだが、ただ、ひとついえるのは、このCDのトラック2以降の4種の演奏は、ダルベール、リスト、レーガー、ストコフスキーが、バッハの原曲をどのように聴いたか、あるいは楽譜をどのように読み取ったかを、直接、音で表現しているということ。編曲というのは、いわば「音による感想文」といってもよいだろう。
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*Bach - Passacaglia BWV 582 (signum SIG X93-00)
【追記】
このパッサカリアの低音主題の前半(C-G-Es-F-G-As-F-G)は、フランスのA.レゾンのパッサカリアに用いられている。また、この主題の最初の10音をニ短調に移調すると、D-A-F-G-A-B-G-A-E-Fとなるが、これはカトリック教会の単旋律聖歌、Acceptabis sacrificium justitiae(聖霊降臨後第10主日ミサの聖体拝領唱、Liber Usualis p.1023)の冒頭に一致する。この聖歌の4線角形ネウマ譜(PDF)は以下のURLで公開されている。
・http://renegoupil.org/chantfiles/660/
なお、この聖歌に関する情報(M.ラドゥレスクの著述から)は、2011年1月にオルガニストの中野田友子さんにご教示いただいた。ここに謝意を表します。
(2011.2.17)
日本テレビ系列で放映されたドラマ「ハルモニア」*1。特殊な能力を持つ若い女性が、著名なチェリストの演奏をそっくりそのままコピーして演奏してしまう、というシーンがあった。彼女が演奏するのは、パガニーニの《24の奇想曲 Caprice》作品1の第24曲*2。
この曲は、もともとはヴァイオリン用で、それほど長い曲ではないが、さまざまなテクニックが聴かれる。今でこそ、この曲を演奏するヴァイオリニストは多いが、作曲された当時は、神業(かみわざ)だったようだ。
パガニーニのヴァイオリンのテクニックは、伝統的な奏法とはだいぶ違っていたというし、加えてパガニーニは極度に秘密主義で手の内を明かさず、弟子もほとんど取らなかったので、さまざまな神話が生まれた。超人的なテクニックを得るために悪魔に魂を売った、という噂まで、まことしやかに広まったという。いずれにせよ、彼が驚異的なテクニック=技術を持っていたことだけは確かだ。
ところで、この「技術」というのは、音楽の世界ではどういうわけかしばしばワルモノ扱いされる。典型的なのが「技術はあるが、音楽性に乏しい、音楽的ではない」といった言い方。「技術」だけでは機械的で無味乾燥な演奏にしかならず、そこに「音楽性」がなければならない、という趣旨だろうが、しかし、ここで「技術」に対比される「音楽性」とは、いったい何か。
確かに「テンポはそこそこ、ミスタッチもない。でも、つまらない」という演奏があり、こういう場合に「もっと音楽的に演奏すれば・・・」といいたくなることがある。
しかし冷静に考えてみると、このような演奏はやはり技術的に不完全なのだ。柔軟なリズムや自然な歌わせ方も、つまるところ、表現の技術。だから、もし仮に「音楽性」なるものが存在するとしても、結局のところ、それは具体的な個々の表現の技術が総合された結果として生じてくるものだろう。
むしろ、あたかも技術とは別の次元に存在するかのようにうんぬんされる「音楽性」などというものは、ほとんど実体はなく、主観的にどのようにでも使える便利なホメ言葉に過ぎない。多くの場合「はじめに結論ありき」で、いい演奏と感じたら「音楽性がある」といい、気に入らなければ、「音楽性に乏しい」といっているだけではないのか。
以前、テレビのインタビューで、「よいピアニストになるには?」という質問に対して、あるピアニストが「私は、よりよい演奏をするために、文学や美術にもふれるようにしています」と答えていた。
「文学や美術に接することで音楽性が豊かになる」ということなのだろうが、しかし、これはあくまで、不断の練習による技術の裏づけがあってのこと。もし彼が、練習や技術の維持・向上の努力をほとんどをせずに、のべつ本を読んだり、美術展を見に行っていたら、ピアニストとしてやっていけるはずはないのだ。
この種の「演奏者の全人的な人間性が音楽を左右する」という発想は迷信に近い。
これは、説明できないことの根拠を想像上の要因に求めてしまう心理からきている。ちょうど古代人や未開人が、雷や嵐といった自然現象を科学的・合理的に説明できないために、超自然的な存在を作りだし、「神の怒り」などと説明するようなものなのだ。
現実には、雷や嵐は大気の変化、気象現象にすぎない。同様に、音楽はあくまでも具体的な技術の積み重ねで決まる音響現象なのであって、音楽外の要因が入り込む余地はない。むしろ、作曲や演奏という行為は極めて即物的な職人の技術=ワザに近い性質を持つ。
その技術の良し悪し、作品の完成度は、職人の人間性や教養とは関係なく、あくまで、技術そのものがどれだけ練り上げられてきたか、にかかっているのだ。
パガニーニや、リストの一部の作品は、しばしば「技巧的過ぎる」と批判される。しかし、たとえこれらの作品が「空疎な技巧の羅列」にしか聴こえないとしても、それは作品そのものに「音楽性」が欠如しているからではなく、現代の演奏家がこれらの作品をトータルに表現するだけの技術を持ち合わせていないからだろう。
パガニーニやリストの手にかかれば、これらの作品も、それこそ音楽性豊かに、生き生きと響いたかもしれないのである。
音楽は、音になって初めて意味を持つ。その音を作り出す技術をバカにして、安易に観念的な音楽性を追い求めるとすれば、それは童話の『裸の王様』のイカサマ仕立屋が作った目に見えない服を「なんと、すばらしい!」とホメるようなものなのだ。
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*1: 原作は篠田節子の同名の小説。
*2: Paganini・24 Capricies for solo violin James Ehnes (Vn) (TELARC
CD-80398)
スパゲッティをゆでる。簡単そうに思えるが、ちょっとしたコツがある。
(1)たっぷりの湯(パスタ100gあたり1リットル)に1リットルあたり10グラムの塩を加える(かなりしょっぱい)。
(2)ときどき、1本つまんで、ちぎったり、かんでみて芯の残り具合を確認する。
(3)上げるときは、ゆで汁を切りすぎないようにして、すぐソースとあえる。
特に(3)は、ちょっと意外に思えるかもしれないが、適度にゆで汁が麺の表面に残った状態で、ソースとあえるのがポイント。ゆで汁を切りすぎると、ソースがパスタの中に染み込んでしまい、食感が悪くなる。ソースは、あくまで、パスタの表面にからまっている状態が望ましい。
これには(1)も関係してくる。ゆで湯の塩分が少ないと、ソースとからめたときに味を薄めてしまう。だから、かなり塩分を強くしておくわけだ。
気になるゆで時間だが、これは麺の銘柄、太さ、ゆで湯の量で微妙に変わる。慣れないうちは、タイマーを使って、パッケージの表示にしたがって正確に管理した方がいい。ただし、その場合も、(2)のチェックは不可欠。
こういったことは、数をこなさないと身につかないし、何がどうなるか、わかっていないとダメ。塩の分量も、最初は適当に加えてしまいがち(たいていは、少なすぎる)。経験と、原理、仕組みの理解とが必要なのだが…そう、これは演奏技術の修得によく似ている。
他にも、音楽と料理には共通点が多い。いい音楽を聴くのは楽しいが、これは、一流レストランで、おいしい料理を食べるのと同じ。ただし、知名度や値段は「一流」でも、内容は三流、ということもある。こういう店にダマされないためには、食べる側にも、料理の良し悪しを判断するだけの「舌」が必要だ。
では、どうしたら舌を鍛えることができるか。これは、もう、ホンモノに触れる以外に方法はない。複数の店で食べてみて、自分の感覚をみがくわけだ。レストランめぐりをするグルメは、いわば聴くのが趣味のクラシック・ファン。「あの指揮者はすばらしい!」などというのは、シェフの品定めをしているようなもの。
しかし、どんな名シェフの料理でも、人の作った料理ばかり食べるのは金持ちのヒマつぶし、どこか空しい。次は「自分の味」を追及したくなる。そう、自分で演奏して、はじめて得られる音楽の楽しみは大きいのだ。
ここでのポイントも、やはりまず、ホンモノの味を知ること、その味に向けて、素材を選び、調理法を工夫していくこと、何回も作って慣れること。ただ、ここで単に数をこなせばいいだろう、という発想で、ダラダラと目標のない練習を続けてはいけない。
「自分は、こういう味を出したい!」という強い意志、あるいは「おいしいものが食べたい!」という喰い意地がなければ、単にソコソコの料理を作り続けるだけに終わってしまう。調理済み食品が発達した現在では、料理も単に「手作り」というだけでは説得力を持たなくなってきている。
もうひとつ、料理も演奏も、タイミングが重要。パスタ料理など、麺をゆで始めたら、もう、あとは時間との勝負。いかに手ぎわよく作るか、「流れ」が大切だ。モタモタ、グズグズしていてはダメ。
たとえば、卵とあえるカルボナーラ。ゆでた直後の熱い麺をあえると、卵がボソボソ固まりすぎて、なめらかさが失われる。かといって、冷めた麺をあえれば、卵がナマのままでまずくなる。最適値、つまりとろりとした、クリーミーな仕上がりはこの中間にあるのだが、見きわめがむずかしい。麺をゆで上げてから、卵とあえるまでのインターバルは、秒単位で、仕上がりが変わってくるし、盛りつけてからも、どんどん状態は変化する*1。
演奏も同じ。弾き始めたら、あとは考えているヒマはない。考える必要がないくらい、手順をマスターし、身体に覚え込ませておかなければならないわけだ。
今回、紹介するのは、ドメニコ・スカルラッティのソナタのCD*2。これはなにも、彼がイタリア人だから、というわけではなく、彼のソナタの独特の「流れ」に注目したからだ。
「音楽が流れる」といえば、まあたいていの音楽は流れているのだが、特にスカルラッティのソナタは概してメカニカルであるにもかかわらず、その流れは単調にならず、陰影に富み、まさに「手ぎわのよさ」を感じさせる。この点、このCDに収められている後期のソナタは絶品。
たとえば、変ロ長調のソナタK.545。グズで不器用な筆者など、この曲を聴くと、「スカルラッティがもしスパゲッティを作ったとしたら、さぞかし、上手に作っただろうなあ…」とタメ息が出てしまうのである。
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*1:イタリア料理のプロの中には、フライパンを火に近づけたり遠ざけたりしてわずかに加熱しながら卵とあえる人もいるが、素人にはむずかしく、たいていは、うまくいかない。
*2:スカルラッティ:ソナタ集 ピノック(Cem.) (アルヒーフ F35A50086 POCA2128)
最近「音楽療法」、「音楽療法士」という語をしばしば目にするようになってきた。音楽療法とは英語でいうとミュージック・セラピーmusic therapy。「音楽を用いた心理療法」と定義されている。
「なんだ、音楽で気持ちを落ち着かせることか」と思われるかもしれないが、現在の音楽療法、もっと広範囲に、多面的に実践されている。先日、音楽療法に造詣の深い村井靖児先生の講演を聴講して、筆者は大いに考えさせられてしまった。
この講演の中で、アメリカの音楽療法士が自閉症(確か5才前後)の少年を治療していく過程の録音が紹介された。
この少年は言葉によるコミュニケーションができない。だか、最初、音楽療法士が待機している部屋に連れてこられても、勝手に、泣き叫ぶような、うめくような意味不明の大きな声を発しているだけ。
そこで療法士はどうするか。その少年の声のピッチに合せて即興的にピアノで簡単なメロディーやリズミックな和音を演奏していくのである。いわば音で語りかけるのだ。
それでも最初のうち、少年は療法士のピアノとはまったく無関係に声を発している。ところがこのようなセッションを繰り返していくうちに、少しづつ少年の行動に変化が出てくる。自分の声を出すタイミングをピアノに合せるようになってくるのだ。やがて療法士が「ド、ミ、ソ」とピアノを弾くと、それに続けて、少年も同じリズムで「アッ、アッ、アッ」とドミソの音を歌うようになる。これは驚くべき変化だ。
さてこの事例は、単に音楽による自閉症児の治療という問題だけでなく、音楽と人間のかかわりについて多くのことを教えてくれる。筆者はまず、私たちが日常、あまりにも言葉=言語や論理といったものに依存しすぎているのではないか、また期待をかけすぎているのではないか、ということを考えた。
たとえ、パソコン通信、インターネットの世界では、電子掲示板、メーリングリスト、ニュースグループといったシステムがあり、不特定多数の人たちのあいだで、情報交換・意見交換が行える。
ところが、この世界では、しばしば感情的な論争が起こる。これは「ネット喧嘩」とか「フレーミング」と呼ばれるが、どうもネット上では文字だけのやり取りになるため、相手の顔が見えず、細かいニュアンスが欠落し誤解が生じやすくなるようなのだ。
これが面と向かった会話なら、声の抑揚、間(ま)の取り方、身振り、目の動きなどが伴うので、誤解は起こりにくい。たとえば友人から、くだけた会話の中で冗談めかした軽い調子で「バーカ」と言われても気にならないが、険悪なムードのときに強い口調で「バーカ」といわれたら、イヤな気持ちになるだろう。
ここで問題なのは、会話においては「何が言われたか」ではなくて、「だれが、どういう状況で、どういうふうに言ったか」が重要な意味を持つ、ということなのだ。
さて、前述の自閉症児の治療では、音楽が言語による説明なしに直接的に提示され、少年も直接的に音楽に反応している。おそらく私たちも、お気に入りの曲を聴くときはこの少年のように理屈抜きに音楽の躍動感や響きに触発され、反応しているのだろう。
「音楽はいいものだ」などといった思考が先にあるのではなく、いつのまにか音楽を聴き反応してしまっている、というのが本当のところではないだろうか。
筆者もときおり、音楽を聴いて身体が自然に動いてしまうことがある。つい先日も、かつてのジャズのヒット曲、《モーニン》*の最初のフレーズ、「ソッソシシソレファッソー」(シはフラット、変ロ音)をテレビのCFで耳にして、思わずスイングしてしまった。
この曲なかなかノリがいいので、つい身体が動いたとしても不思議はない。また、出だしには日本の民謡やわらべ歌にも共通する民謡のテトラコルド(レ・ファ・ソ)が聴こえる。しかし、それだけではないような気もする。
この曲が流行したころ筆者はまだ子供で、この曲を聴いた、という明確な記憶はないが、無意識的には聴いていたのかもしれない。そのため、今この曲を聴くと、その頃の素直に音楽を聴いていた幼い頃の自分がふとよみがえり、理屈抜きに反応してしまうのかもしれない…
うーん、やはり、いつのまにか、あれこれ理屈をコネてしまうが、自分の素朴な音楽体験は素直に受け止めるべきかも。反省!
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* Moanin' ・Art Blakey and the Jazz Messengers (東芝EMI TOCJ-4003)
ちなみに、ここでの「モーニンMoanin'」とは、「うめき、嘆き」という意味のようだ。
【追記】
本稿の冒頭で言及した少年エドワードの治療の様子は録音テープで紹介された。これを聴いている限りでは確かにこの少年には治療効果があったよ うに思える。しかしこの少年の事例だけでこの種の音楽療法の有効性を判断することはできない。複数の事例によって再現性が検証されなければならないだろう。
ところで録音や録画は編集が可能だ。たとえば、ある日は比較的症状が軽く普通にピアノに合わせて歌えるが、調子が悪い日はピアノに合わせて歌えない、という少年がいたとする。この少年に対する音楽療法セッションをいくつか録音し、症状の重い状態から軽い状態へと配列し直して編集するとどうなるだろうか。あたかも音楽療法セッションによって症状が改善されていくように聴こえるはずだ。
村井先生が紹介された事例の少年がその後どうなったのか、他にどれくらいの数の同じ症状の子供がこの種の音楽療法によって改善されたのか、非常に興味があるところだ。
このエドワードのセッションについては、以下のページで紹介されている。
昨今、景気対策、経済対策という言葉がマスコミを賑わしているが、これらの報道の中で、しばしば「マイナス成長」という表現が用いられる。「経済成長率がマイナス」ともいわれるが、どうも、釈然としない。成長率がゼロなら、それは「停滞」であり、マイナスになったら、それは、もはや「成長」ではなくて、「後退」あるいは「縮小」というべきではないのか。
それでも「成長」という言葉にこだわるのは、「成長神話」や「右肩上がり神話」が根強いからだろう。経済というものは、成長しなければならない、成長してほしい、成長するハズだ…
しかし、ちょっと冷静に考えてみれば、成長が際限なく続くと考えるのは楽観的すぎる。なにごとによらず、どこかで限界がくるもの。たとえばの話、陸上動物では、ゾウより大きい動物は存在しない。海洋動物でも、クジラより大きな動物は存在しない。
SF映画では巨大怪獣が登場するが、ゴジラのような生物は、もし仮に存在したとしても、生物学的に見れば、体重が重すぎて、自分で立つことができないのだそうだ。
人間が作るものも同じ。航空機は、じょうぶで軽く、パワーがないと飛ぶことができないので、素材の強度と重量、エンジン出力の関係から、やはり際限なく大きくはできない。そのため、現在の技術水準では、ジャンボジェットが限界だ。
さて音楽の場合に急成長あるいは急激に進化したものがいくつかある。
典型的な例が交響曲。18世紀初期のイタリアやドイツの交響曲は、全楽章でも10分程度だったものが、19世紀になると、1楽章だけでも20〜30分、全楽章では1時間を越える規模になっていく。同時にオーケストラも大編成化=巨大化する。
特に大規模な編成を好んだのが、フランスのベルリオーズ。1840年、彼は7月革命10周年を記念して《葬送と勝利の交響曲》op.15を書いたが、上演に際して、なんと1200人の演奏者を要求したという。ことのきは、200人しか集められなかったが、1844年、《フランス讃歌》の上演に際しては、実際に1200人の演奏家を集めたたというし、1855年、《テ・デウム》の演奏に際しては教会に900人の演奏者を集めている(いずれも、合唱を含む)。
しかし、こういった超大編成の音楽は、スペクタクルなイベントにはなるかもしれないが、どこまで音楽として成り立つかどうか、はなはだ疑問だ。
そもそも、これだけの数の演奏者を集めることができたとしても、端と端の演奏者は遠く離れてしまって、音に時間差が生じてくる。つまり、厳密にタイミングを揃えることが不可能になる。練習も、おいそれとはできない。
おそらく、微妙なニュアンスを付けて仕上げることなど無理。大味な、雑多な音の寄せ集めになってしまう危険性が大きい。つまり、限界を越えた巨大化は失うものも大きくなり、結果的には破綻するということ。かつて繁栄した恐竜も、巨大化し過ぎたために絶滅した、という説があるくらいだ。
ベルリオーズの例は極端としても、概して19世紀後半、音楽は大規模化した。ワーグナーの楽劇やプッチーニのオペラも、ある意味では限界近くまで巨大化している。そして、こういった傾向が進むと、やがて必ず、反動=揺りもどしがやってくる。
1910年にシェーンベルクが書いた《室内オーケストラのための3つの小品》は、後期ロマン派の重厚長大な管弦楽の対極にある特異な作品だ。ブレーズ指揮のCD*で聴いてみよう。
まず、編成が少人数。フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、ハルモニウム(リードオルガン)、チェレスタ、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの演奏者が各1人(このため「室内オーケストラ」と呼ばれる)。計12名。
当然、3管編成オケのような大音量は出せないものの、木管、金管、打楽器、弦と揃っているから音色は多彩で、エネルギー感は十分ある。また各楽器の演奏者は、いわば「ソロ」だから、緊張感のある、研ぎ澄まされた響きが得られる。
合唱にもいえるが、凡庸な演奏家100人が演奏するよりも、すぐれた演奏家10人が演奏した方がよい、ということもあるのだ。
次いで、曲の長さ。このCDでは、第1曲55秒、第2曲36秒、第3曲45秒。ギネスブックものの短さといってよいだろう。この短さで音楽になるのか?という疑問が生じるかもしれないが、精密に仕上げられた密度の高い作品で、そのつもりで集中して聴けば、けっこう印象深い。
「サンショウは小粒でもピリリと辛い」ということわざがピッタリ。あるいは「ダビデがゴリアテを倒す」というべきか。
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* Schönberg: Suite - Verklärte Nacht - 3 Stücke - Boulez (SONY
CLASSICAL SMK 48 465)
ダニエル・コルゼンパが演奏するバッハの《平均律》*。第1巻はクラヴィコード、チェンバロ、オルガンで弾き分け、第2巻では、これら3種とフォルテピアノ(初期のピアノ)を使った興味深いCDだ。
まずクラヴィコード。《平均律》は、その音域と様式から、チェンバロあるいはクラヴィコード用と考えられている。バッハも自宅では後者を弾いていたといわれ、またクラヴィコードは打鍵の強弱でニュアンスを付けることができるため、バッハが大変好んでいた、という説もある。
ただ、バッハの時代、チェンバロは高価な楽器で庶民的なものではなく、ドイツでは小型で比較的安価なクラヴィコイードが家庭用の楽器として用いられていた、という背景もある。
コルゼンパはたとえば第1巻第1番をクラヴィコードで演奏している。ちょっと地味な感じだが、前奏曲のワンパターンの進行に陰影が付くところはクラヴィコードならではだ。
次にチェンバロ。このところバッハのクラヴィーア作品の演奏には、同時代のドイツの製作家M. ミートケやC. ツェルの楽器がしばしば用いられる。バッハが一時期仕えていたケーテンの宮廷では、バッハをベルリンに派遣してミートケの楽器を購入しており、バッハがこの楽器を演奏したことはほぼ確実なので、バッハにはミートケのチェンバロがふさわしい、というわけだ。
しかしコルゼンパは、このCDではドイツの他の製作家の楽器を用いている。第1巻は C. C. フライシャーが1716年に製作した1段鍵盤の楽器、第2巻は G. ジルバーマンの工房で18世紀後半に製作したと推定される2段鍵盤の楽器と、J. C. フライシャーが1710年に製作した1段鍵盤の楽器で、ミートケやツェルとは微妙に音が違う。
これらの楽器は、いずれもオリジナルも複製も聴く機会の少ない楽器で、貴重な録音といえるし、また、このCDのように《平均律》を異なるチェンバロで弾き分けた録音も珍しい。なおバッハ自身は G. ジルバーマンと親交があったといわれる。
次いでオルガン。コルゼンパは1段鍵盤(足鍵盤なし)の家庭用の小型パイプオルガン(1732年頃)を使っている。残響の多い教会の大オルガンでは、しばしばフーガの声部が不明瞭になるが、この小型オルガンは残響の少ない室内で録音されたようで、各声部が明瞭で、曲の構造がよくわかる。たとえば第1巻第14番のフーガ。オルガンだと2分音符や全音符の音も最後まで消えずに鳴り続けるため、遅めのテンポで演奏しても、和声的な構造が明確に聴き取れる。
そしてフォルテピアノ。「初期のフォルテピアノは未完成だったので、バッハは大して関心を示さなかった」という説もあるが、実際にバッハがどの程度、フォルテピアノを弾いていたか、本当のところは、よくわかっていない。
楽器の名称もまだ確定しておらず、ドイツではフォルテピアノのことを「クラヴィコード」と呼ぶこともあったので、話はややこしくなる。いずれにせよ、これまでは《平均律》を「歴史的」に演奏するとなると、チェンバロかクラヴィコードを用いるのが一般的で、筆者の知る限りフォルテピアノが用いられたことはなかった。この点で、このCDは貴重といってよいだろう。
コルゼンパは、第2巻の第8~10、12、13、18番をJ. H. ジルバーマンが1776年に製作したフォルテピアノで演奏している。この楽器そのものは年代からするとバッハの死後製作されたものだが、バッハがこれに近い楽器を演奏した可能性はある。
たとえば、第8番。前奏曲は、チェンバロの輝かしい響きもいいが、フォルテピアノだとちょっとくすんだ音になり、これはこれで味がある。フーガもチェンバロのように単調にならず、素朴だ。
この演奏を聴いていると、バッハは遅くとも平均律第2巻を書いた時期には、ある程度フォルテピアノも弾いていたのではないか、と思えてくる。あるいは、フォルテピアノで演奏することも想定して第2巻を書いたのではないか。もしそうだとすれば、クープランのクラヴサン作品は現代のピアノではほとんどがサマにならないが、バッハのクラヴィーア作品は現代のピアノでも音楽になることが説明できそうだ。
ただし《平均律》を現代のピアノで演奏することが「バッハの意図に合っている」とまではいえない。18世紀のフォルテピアノはハンマーヘッドが小さく、ハンマーも細く、金属フレームは持たず、弦の張力はチェンバロ並みで、軽量。したがってそのタッチは現代のピアノよりもはるかに軽く、出てくる音もまた、はるかに軽い音だったからだ。
今後、バッハの作品のいくつかはフォルテピアノのレパートリーに含まれるようになるかもしれない。
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*Bach: Das Wohltemperierte Clavier, 1 & 2 Daniel Chorzempa (PHILIPS
446 690-2)
bogomil's CD collection 1998
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