bogomil's CD collection: 036

現代のカストラートはシンセで歌う
----スイッチト・オン・バッハ 2000

Switched on Bach 2000

 1994年前半、カストラートがちょっとしたブームとなった。書籍もいくつか翻訳されたが、最大の話題はカストラートを主人公にした映画が公開されたこと。この映画、その後衛星放送や地上波でも放映されたのでご覧になった方も多いだろう。カストラートとは「男性ソプラノ歌手」などと婉曲に呼ばれることもあるが、早い話が変声期前に去勢して、ソプラノなみの高音で歌う男性の歌手のこと。16世紀ごろから20世紀初頭まで、ヨーロッパの教会やオペラ劇場ではカストラートの歌声が聞かれたのだそうだ。

 去勢者、宦官の歴史は古い。紀元前9世紀のアッシリアの女王セミラミスが奴隷を去勢したり、古代ペルシャでも捕らえた敵方の捕虜を去勢したという。また地中海沿岸の古代宗教には、去勢者が神官を務めるものも多かった。エジプトの女神イシスに仕える神官は宦官だったというし、さらに古代ギリシャ、ローマでも去勢は行われた。 有名なアレクサンダー大王は遠征の途上、ある去勢者を愛人としている。

 キリスト教化がすすんだ2世紀にも「神への純潔をまっとうするために」自ら進んで去勢を受けるキリスト教徒が存在したという。聖書にもマタイ福音書19章12節に「去勢者」についてキリストが弟子に語る部分がある。カトリックの聖書の注解では「去勢者という言葉を比喩としてとってよい」などと書いてあるが、当時、明らかに去勢者は存在したのである。

 やがてローマ帝国が東西に分裂すると去勢の風習は主に東ローマに引き継がれ、さらにビザンチン帝国を経て、オスマン・トルコに引き継がれた。トルコのハーレムには20世紀初頭に廃止されるまで、宦官がいた。これらの宦官は奴隷を去勢したもので、白人は死にやすいが黒人は生存率が高かった、という話まで伝わっている。

 余談ながら、モーツァルトの《魔笛》にでてくるモノスタトス。彼が黒人宦官だと解釈すると、かん高い声で歌ったり、妙に感傷的な歌を歌ったりする点が納得できる。トルコのハーレムの宦官たちは、おとぎ話風の空想を好み、高い声で笑った、という記録が残っているからだ。またパミーナに恋して笑い者にされるのも、モノスタトゥスが宦官だとすれば、より一層説得力が増す。ちなみにモノスタトスmonostatosとは「単独の状態」あるいは「単独で立つもの」という意味になり、彼が宦官であることに対する反語的暗喩と解釈できなくもないだろう。

 中国の去勢者=宦官の歴史も古い。もともとは戦争に負けた国の男子を去勢して奴隷として使った、ということがあったらしい。また死刑(斬首)に次ぐ極刑として去勢がおこなわれ、宮刑と呼ばれたそうだ(著名な歴史家司馬遷も、宮刑を受けたという)。

 やがて宦官は後宮の管理や警備の任につくようになり、出世すれば相当の地位と財産を得られるようになったため、貧しい農民が子供を去勢して宮廷に仕官させたり、自ら進んで去勢する者も出るようになった。14〜17世紀の明の時代には北京の紫金城には千人以上の宦官がいたというし、映画《ラスト・エンペラー》で有名な清朝最後の皇帝溥儀の時代にも、なんと200人の宦官が仕えていたというから驚きだ。インドには、現在もなお「ヒジュラ」と呼ばれる去勢者が存在する。

 さて中世ルネサンスの教会では女性が歌うことは禁止されていたため、一般的にはソプラノのパートは少年やファルセット歌手(カウンター・テナー)が歌った、と考えられているが、カストラートもかなり存在していたらしい。やがてカストラートはオペラを歌うようになり、人気を呼ぶことになる。体格のよいカストラートは女性のソプラノ歌手よりもはるかに強い声で、複雑なパッセージをブレスなしで歌うことができたからだ。

 だから当時のオペラのソプラノパートの中には、もともとはカストラートによって歌われたものも多い。たとえばグルックの《オルフェオとエウリディーチェ》のオルフェオは、もともとはカストラートが歌ったのである。

 カストラートにするための去勢手術は子供の頃に行われた(病院や床屋で行われたらしい)。つまり将来が未知数のまま、手術を行うわけだ。中には去勢したものの、歌手としては使いものにならない、というケースもあったはずだ。そういう場合はちょっと困ったことになったかもしれない。

 歌手になりそこなった去勢者は(仕方なく)楽器奏者や作曲家になることもあったと考えるのが妥当だろう。一例として、モーツァルトが暗譜したシスティーナ礼拝堂の合唱曲《ミゼレレ》で知られる作曲家グレゴリオ・アレグリはカストラートだったという。音楽史の表舞台には出てこないが、かつて多くのカストラートが存在し、またカストラート出身の作曲家や演奏家も、けっこういたのだろう。

 最後のカストラートといわれるモレスキは20世紀初頭まで生きており、晩年の録音を聴くことができる。このモレスキの歌声、絶頂期を過ぎた声ではあるが、ゾッとするような声だ。今回はこのCDを紹介して終わらせてもよいのだが、もう少し、話を先に進めよう。

 「性転換」という言葉があるが、現在、男性が女性に転換する場合は基本的には去勢であり、これに他の外科的「変更」と、ホルモンの投与などが併用されるのだろう。ということは現代にも「去勢された」という意味でのカストラートは存在することになる。そこで今回紹介するCD。バッハの作品を、ウエンディ・カーロスのリリースした《スイッチト・オン・バッハ2000》(*1)で聴いてみよう。

 この人、まだ男性でその名もウォルター・カーロスといっていた1968年、シンセサイザーでバッハを演奏した《スイッチト・オン・バッハ》(*2)をリリースして大ヒット、シンセ・ブームを巻き起こした(日本人作曲家、「世界のT」はこの後追い)。その後、性転換してウエンディになってしまったが、再び今度はコンピュータ・シンセを駆使し、25周年記念として1992年に《スイッチト・オン・バッハ2000》をリリースした(曲目もほとんど同じ)。この2枚のCDを聴き比べてみるのも、いろいろな意味でおもしろい。筆者はウォルターの方をずっと聴いてきたので、どうもウェンディの方にはなじめないが…。


*Discography:

(*1)《新スイッチト・オン・バッハ Switched-On Bach 2000》
(TELARC CD-80323、発売元:日本フォノグラム)
(*2)《スイッチト・オン・バッハ》(CBS/SONY 32DC477)
 最近、この録音の廉価版をショップで見かけた。


*カストラート、宦官関連ブックガイド:

・バルビエ(野村正人訳)『カストラートの歴史』筑摩書房.1995.
・顧蓉・葛金芳(尾鷲卓彦訳)『宦官』徳間書店.1995.
・クルーティエ(篠原勝訳)『ハーレム』河出書房新社.1991.
・石川武志『ヒジュラ』青弓社.1995.(インドに現存する去勢者を取材したもの)

95/5 last modified 03/05


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